徳島地方裁判所 昭和41年(わ)53号 判決 1969年1月27日
被告人 板東利行
昭一九・五・二一生 農機具修理工
主文
一、被告人を無期懲役に処する。
二、押収してある日本刀一振(昭和四一年押第二五号の六)、短刀一丁(同押号の七)および短刀の鞘一本(同押号の三二)は、いずれもこれを没収する。
三、押収してある男子用腕時計一個(昭和四一年押第二五号の一四)は、被害者那住敏に、同じく女物がま口一個(同押号の一五)、現金五、一四七円(同押号の一六)、五輪会証紙二枚(同押号の一七)、出金伝票一枚(同押号の一八)および振替貯金受領証一枚(同押号の一九)は、いずれも被害者那住末子の相続人に、それぞれ還付する。
理由
(事実)
一、被告人の経歴と本件犯行に至るまでの経緯
被告人は、本籍地において、大工をしていた父板東利夫、母同ヤスコの三男として生まれ、兄らが若死したあと、姉マス子、弟茂行とともに両親の下で成長した。昭和三三年四月、中学二年のころに母がまず病死し、間もなく父は再婚した。
被告人は、昭和三五年三月中学校を卒業後、徳島市内の鉄工所に就職して真面目に働いていたところ、昭和三七年一〇月父も病死するに至つた。そのころから被告人はパチンコ遊びに凝り、出勤しづらくなり、遂に職場を二、三転々とするようになつた。しかし被告人は、働き続け、姉が嫁ぎ、また、弟が県外に出稼に出たあとも、父の後妻とともに暮していた。そのうち、被告人は、昭和四〇年三月から、姉のすすめによつて、徳島県那賀郡羽ノ浦町大字中庄字上流二七番地の一、農機具販売修理業那住ヤンマー株式会社(代表取締役那住敏)に修理工として勤めるようになつた。しかし被告人は依然パチンコ遊びに凝り、その資金等に困り、右那住敏(当時四三年)の妻那住末子(当時四〇年)に頼んで給料の前借をすることもあつた。
ところが、被告人は、右会社に勤めるうち、その給料が他工場などに比して安く、しかも、右那住夫妻から、月給を一八、〇〇〇円とするが腕次第で二、三か月もすれば二三、〇〇〇円程度に昇給させるといわれた筈であるのに、一向に昇給させてくれないのみか、かえつて同人夫妻には、不服があれば勝手にやめよというような態度さえ窺われると邪推してこれを不満に思い、また、運転免許をもつていないのに、右那住敏から、オートバイに乗つて出張修理に赴くよう命じられた挙句、交通違反を犯すに至つたことを思うにつけ、同人夫妻の従業員に対する処遇には、とかく思いやりを欠くものがあると考えて、同人らを快く思わなくなつた。そのような矢先、昭和四一年一月五日右那住夫妻とその従業員との間で話し合いの会が開かれたが、その席上、被告人が、右那住方の給与条件によると、一か月の出勤日数が二六日に達した場合、精勤手当が支給されることになつておるのに、一月は三か日が休日であるため日曜日を除く他の全日出勤しても二五日未満となり、結局従業員が不利益を蒙ることから、三か日は出勤したものとして扱つてほしい旨同人夫妻に申し入れたところ、同人らが即答を避けて直ちにこれに応じようとしなかつたうえ、同月中旬ごろには、被告人が残業をした旨出勤表に記入しておいたところ、右那住末子から理由を説明されることもなく、知らない間にその記入を抹消されたことがあつて、同人夫妻に対するはげしい不満とともに強い反感を抱くに至つた。
右のようなこともあつて被告人は、ますます仕事に熱が入らなくなり、自分の背広や腕時計を入質してパチンコ遊びに金を使い果たす日が多くなつたが、同月二一日、パチンコ遊びをして帰宅途中、前記のように那住末子から給料の前借をした際同女が持つていた金を入れた袋を思い出すとともに、前記のような那住夫妻に対する不満と反感をつのらせるあまり、他の従業員は文句もいわず泣き寝入りしているが、自分はそうはいかない、いつそのこと那住夫妻を鉄棒ででも殴りつけて泣き寝入りする者ばかりでないことを示してやろうか、また、そのうえで金品を奪い取つてやろうかなどと考えるようになつた。そのため被告人は、同日夜前記那住方付近に行つて様子を窺つたものの、那住末子が工場を見廻りしている姿を認めたが、兇行に及ぶことを躊躇してその場を去り、さらに、同月二三日夜再び那住方工場内に忍び込み、同所にあつた真鍮棒を持つてその機会を待つたが、誰も見廻りなどに来なかつたので、あきらめた。そのとき、被告人は、屑鉄屋にでも売つて金を作ろうと思い、同所から真鍮棒数本を持ち出して帰宅した。
その後三日間、被告人は、平常どおり出勤していたのであるが、たまたま同月二六日午後七時前ごろ自宅でテレビをみていた際、高校教師が家庭裁判所内で離婚した妻とその姉をナイフで刺し殺したことなど三件の兇悪な殺人事件が報道されたことに刺激され、ここに前記のように、同日夜半那住方に侵入のうえ同人夫妻を殴り殺して恨みをはらし併わせて金品を強取しようと決意するに至つた。被告人は、その後テレビの娯楽番組をみてから、右犯行の際に夫妻を殴り殺すために、前記のようにかねて持ち出していた真鍮棒数本のうちの一本(長さ約三〇センチメートル、重量一、六三〇グラム)(昭和四一年押第二五号の四)を、右那住末子を脅して金品を出させるため、自宅にあつた日本刀一振(刃渡り約六三センチメートル)(同押号の六)を、同人方の戸等を開けるため、手製の短刀一丁(刃渡り約一五センチメートル)(同押号の七)をそれぞれ用意したうえ、自宅二階の蒲団に寝転んで雑誌を読んだりして時間を待つていたが、思わず眠つてしまい、翌一月二七日午前零時四五分ごろ目をさまして右真鍮棒等を携帯して同人方に向つた。
二、本件犯行
被告人は、同日午前一時ごろ前記那住方店舗兼用居宅に赴き、前記短刀を用い同所西側出入口の施錠をはずして同居宅内に故なく侵入したうえ、階下の電灯を消し、同所にあつたタオル(同押号の二〇)で覆面をし、二階に上り、履いていた靴を脱いで那住夫妻の寝室に入り、さがつていた覆面をなおし、ベツド上に並んで熟睡している同人夫妻の枕元に忍び寄り、前記のような目的で右両名を殺害するため、やにわに、右手に持つた前記真鍮棒で、最初に那住敏の頭部付近を二、三回、次いで那住末子の頭部付近を一回各強打したところ、右末子が呻き声を発したので、まず同女を殺害しようと考え、その右側頸部等を前記短刀で数回突き刺して同部等に刺創を負わせ、よつて同女を右刺創による右頸部静脈切破のため、すぐその場で出血失血死させて殺害し、さらに、前記殴打による衝撃で目をさまし起き上つて被告人に組みついてきた那住敏と揉み合いを続けながら、その顔面、頸部等を前記日本刀や短刀で切りつけたものゝ、同人が被告人を壁際に押しつけたり、その手に咬みついたりして必死に抵抗し、機をみて戸外に逃れたため、同人に対し加療約三か月を要する頭蓋骨々折、頭部割創、顔面、頸部、前胸部各切創、右中指開放骨折等の傷害を負わせたにとどまり、同人を殺害する目的を遂げなかつたが、同人が逃れた隙に室内を物色し、那住末子所有にかかる現金五、一四七円(同押号の一六)、五輪会証紙二枚(同押号の一七)、出金伝票一枚(同押号の一八)ならびに振替貯金受領証一枚(同押号の一九)在中の女物がま口一個(同押号の一五)および那住敏所有にかかる男子用腕時計一個(同押号の一四)をそれぞれ強取したものである。
(証拠の標目)(略)
(弁護人の法律上の主張に対する判断)
弁護人は、被告人の本件犯行は被害者らに対する反感が昂じ他人から嗾けられるような妄想に支配されて行なわれたものであり心神耗弱中の行為とみるべきものである旨主張する。
よつて判断するに、なるほど、鑑定人阿部照雄作成の鑑定書によれば、要するに、被告人は、過感性、無力性の著しい分裂病質者であつて、本件犯行は、判示のようなテレビニユースにより、心理学にいう異常体験反応を発展させた結果なされたものである、とされているが、しかしながら、鑑定人長山泰政作成の鑑定書によれば、被告人は、社会性、人格とも未熟な異常性格者(精神病質者)であるため、判示のように、内面的に抑圧蓄積されていた被害者らに対する不満、反感と金銭欲をテレビニユースによつて強く刺激されて本件犯行に出るに至つたものであつて、本件犯行時、その事理弁別力およびこれにしたがつて行為する能力がある程度鈍化していたものとみられるけれども、右鈍化の程度はさほど著しいものではなかつた、とされており、右長山鑑定の結果ならびに前掲各証拠から認められるところの、判示のような犯行に至るまでの経過、犯行の動機、テレビニユースにより犯行を決意したものではあるが、その決意後犯行時までに、娯楽番組の聴視、読書、さらに非有意的な睡眠等の異質的、かつ、かなりの時間帯が介在している事実、犯行の態様、その他犯行前後にわたる被告人の行動等を併わせ考察すれば、前記阿部鑑定には、にわかに同調し難く、被告人の本件犯行の決意、実行は、ある程度鈍化していたとはいえ、あくまで思慮、意志を伴なつたもので、その事理弁別力等の欠陥は、未だ刑法上責任能力を限定するほど著しいものではなかつたとみるのが相当であるから、弁護人の右主張は採用しない。
(法令の適用ならびに量刑の理由)
被告人の判示所為中、住居侵入の点は刑法第一三〇条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、那住末子に対する強盗殺人の点は刑法第二四〇条後段に、那住敏に対する強盗殺人未遂の点は同法第二四三条、第二四〇条後段にそれぞれ該当するところ、右住居侵入の罪と強盗殺人ならびに強盗殺人未遂の各罪との間にはそれぞれ手段結果の関係があるから、同法第五四条第一項後段、第一〇条により結局以上を一罪として最も重い右強盗殺人罪の刑で処断することとする。
そこで、量刑について考えるに、判示のような被害者らに対する不満反感は、それを抱くに至るまでの生活態度の放縦さからみて身勝手に過ぎるものであるにかかわらず、それを反省することなく、かつ被害者らならびにその遺族の立場をも無視して計画的に本件のごとき惨劇を敢行したことは、まことに残忍かつ冷酷非情というほかなく、一瞬のうちに最愛の妻または母を失なつた遺族の悲嘆心痛また社会的影響など諸般の事情をも併わせ考えれば、被告人の刑事責任は極めて重大であるというべく、極刑をもつて臨んでもあながち酷ではないといえよう。しかしながら、本件犯行は、被告人のみの責に帰せしめ得ない異常性格に負うところが大きいうえ、被害者ら雇主において判示のような出勤日数と出勤表の記入の抹消の説明について遺憾な点があり、本件犯行が必ずしも物欲の満足を図ることのみを目的の全部としたものとは認められず、被告人の生育歴に不遇なもの、またその家庭環境にも満たされないものがあるほか、それにもかかわらず従来非行もなく、本件犯行後自首しており、なお現在においては悔悟の情も認められるので、これらの事情は被告人のため十分に考慮すべきであることはいうまでもない。
以上の次第であるから、所定刑中無期懲役刑を選択することとするが、他に酌量減軽をなすに足る特段の事情もないので結局、被告人を無期懲役に処するを相当と認める。
そして、主文第二項に掲げる各物件は、判示各犯行の用に供した物ならびにその従物であつて、犯人以外の者に属しないから、同法第一九条第一項第二号、第二項を適用していずれもこれを没収し、また、主文第三項に掲げる各物件は、判示強盗殺人ならびに同未遂の罪の賍物であつて、被害者に還付すべき理由が明らかであるから、刑事訴訟法第三四七条第一項により、主文同項のとおり、被害者那住敏および同那住末子の相続人にそれぞれこれを還付することとする。
なお、訴訟費用は、同法第一八一条第一項但書により被告人に負担させない。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 吉川寛吾 神作良二 山脇正道)